両側性聴神経腫瘍について知る


両側性聴神経腫瘍の治療選択

聴神経腫瘍が両側性である場合、初回治療の選択肢は腫瘍の診断時の大きさ,予測される腫瘍の成長様式,患者様の年齢,そして残存する聴力の状態によります。初回治療は原則的に,大型聴神経腫瘍による脳幹圧迫あるいは脳圧亢進による生命予後に対するリスクの軽減を目的とします。ついで少なくとも一側の有効聴力の保全が最大の課題となります。しかしながら神経線維腫症に伴う聴神経腫瘍が,隣接する神経を圧迫するよりむしろその神経に浸潤してしまう傾向があるために,有効聴力保存という最高の治療ゴールが不安定とならざるを得ない現実があります。そのため聴力保存を目的とした両側聴神経腫瘍の治療は非常に困難となります。外科手術治療が現在のところ増大傾向を示す聴神経腫瘍の唯一の治療で有ることは間違いありません。
原則として,どのようなサイズの聴神経腫瘍も、もし有用聴力がなければ全摘出すべきものであります。もし有効聴力(電話が使える聴力)あるいは有用聴力(何らかのことが聞こえる聴力)が残存し,腫瘍が小型または中型で脳幹に癒着浸潤していなければ,聴力保存を目的とした手術は非常にリーズナブルとなります。
ほとんどの聴神経腫瘍は上前庭神経または下前庭神経を発生母地とするため,蝸牛神経を解剖学的機能的に温存し,蝸牛と蝸牛神経の栄養血管を保全しての顕微鏡下手術が可能です。
顔面神経のピンポイント刺激によるマッピング,持続刺激と聴性脳幹誘発電位と蝸牛神経活動電位モニタリングを用いることで安全な手術が可能となります。
腫瘍サイズが聴力保存における最も重要な予後因子でありますが,蝸牛神経と腫瘍との癒着浸潤の有無も重要な予後因子です。腫瘍ができるだけ小さければ小さいほど、蝸牛神経への癒着浸潤の可能性は低くなります。造影MRIによる画像技術の進歩をもってしても,蝸牛神経への癒着浸潤の度合いを画像のみによって推し量ることはできません。
外科手術による直接確認によって初めて,こうした腫瘍の特質を明らかとすることができます。万が一腫瘍が浸潤性で,蝸牛神経との癒着が強い場合には,亜全摘出で止めるか,内耳道周囲骨の除去による減圧により聴力低下の進行を遅らせることが可能です。。

患者の聴覚温存を優先すると、治療時期が遅れて治療は益々困難となる傾向が否めません。すなわち、聴覚の再生、再建療法の進歩が緊急の課題であることが明らかです。これらの聴覚回復方法が進歩進歩すれば、聴神経腫瘍の早期治療が現実的となり、予後の改善が期待されます。

両側聴神経腫瘍の7大治療選択枝を知る

1 聴力保存手術/全摘出

中頭蓋窩法と後頭蓋窩法の二つの手術アプローチを駆使することが可能です。最も重大な問題はどちらのサイドを先に治療するかということです。腫瘍の大きい側を手術するのか,聴力の良い側を手術するのかについてです。原則的により大きく,より聴覚障害が強い側を先に手術することとなります。初回手術で聴力保存が達成された場合,他方のサイドの腫瘍の摘出を4-6カ月間の回復期間をおいて考慮することが可能です。

2 経過観察

聴力が残存する唯一の側に小さな腫瘍があった場合と両側聴神経腫瘍が非常に大きく,一般的な聴力保存手術の限界;2から3センチを超えていた場合には,通常経過観察のアプローチがとられます。3から6カ月ごとの臨床的診察と造影MRIによるフォローアップにより,脳幹圧迫の度合いと水頭症の度合いの変化を追跡することができます。患者様の側としましては、脳幹圧迫や腫瘍増大に関連するどんな症状の気づきについても医師に報告する必要があることを理解せねばなりません。より聴覚障害が進行した場合,他の症状が進行した場合,腫瘍サイズが3センチを超え脳幹圧迫が顕著となった場合,外科手術の適用となります。こうした経過観察の期間は,聴覚リハビリテーションに対しての理解や教育を受ける意味で,カウンセリング,手話や読話を習得する良い機会となり非常に大切な時間を与えてくれます。

3 中頭蓋窩法による内耳道減圧術/腫瘍摘出なし

聴覚障害がやや不安定であったり,緩徐進行性であった場合,この方法が有効なことがあります。この治療戦略のゴールは,蝸牛神経に対しての腫瘍の圧迫を緩めることと、腫瘍摘出に際しては避けることのできない蝸牛神経ならびに蝸牛への血流障害のリスクを避けることにあります。基本的な術式は中頭蓋窩法による腫瘍摘出手術と全く同じです。内耳道上面と内耳孔周囲硬膜を切開解放いたしますが,腫瘍を内減圧したり摘出したりしません。ハウスクリニックでこれまで12症例のNF2症例において良好な聴力保存が最長8年にわたり維持されたことが確認されています。

4 後頭蓋窩法による亜全摘出

顔面神経と蝸牛神経から離れた部分の腫瘍を亜全摘出することで機能温存を図るのがこのアプローチの目的です。蝸牛神経への血流障害や亜全摘出後の再発再増大のリスクが高いことが知られています。亜全摘出の場合はこの後に超選択的定位放射線治療を組み合わせる必要があります。

5 聴神経を含めた腫瘍全摘出

聴力保存が目的でない場合,治療のゴールは腫瘍の完全摘出と顔面神経機能の維持となります。経迷路法と後頭蓋窩法が適しています。内耳道最深部における顔面神経の同定が直接可能であるという点において経迷路法の方が優れています。蝸牛神経が十分に保存された場合には,人工内耳を用いた聴覚再建手術が可能であり、蝸牛神経が切断された場合には,聴性脳幹インプラントを用いた聴覚再生再建手術が可能です。

両側性聴神経腫瘍についての図-1
両側性聴神経腫瘍についての図-2

6 聴性脳幹インプラント:ABI

両側聴神経腫瘍の場合の聴覚再生再建療法のひとつです。コンピューター技術を駆使した一種の人工臓器技術であります。人工内耳はその代表例で、言葉を電機信号に変え、蝸牛神経を刺激することにより、内耳性聾の患者の聴覚を回復させるもので,すでに前世紀末より輝かしい実績をあげている技術であり、これにより電話の聴取さえ可能となる方が大勢いらっしゃいます。聴性脳幹インプラント(auditory brainstem implant; ABI)は人工内耳の延長技術であり、その意味で純粋にコンピューター技術に分類されます。人工内耳が内耳(蝸牛)に変わって、蝸牛神経(第一次ニューロン)を電気刺激するのに対し、ABIは脳幹にある中継核(蝸牛神経核)を直接刺激して聴覚を回復しようとするものであります。蝸牛神経は脳幹に入って最初に蝸牛神経核で次の神経(第二次ニューロン)に情報を伝えるが、ここを刺激すれば蝸牛神経が損傷していても第二次ニューロンを刺激できる訳です。腫瘍摘出した後にプレート型電極を外側蝸牛神経核そのものの上に正確に貼り付けることで、この電極を通して聴覚情報を電気刺激に変え直接脳幹に伝導する最新治療ですかくして、ABIにより聴覚の回復が得られることが理解できます。蝸牛神経核が第4脳室外側陥凹と呼ばれる脳幹の表面にあり、かつ外科的に接近できる場所であることがこの技術を可能にしている重要なポイントであります。1979年アメリカハウスクリニックで最初のABIが実施され、今日全世界で400例を超えていますが、本邦では、未だ少なく中冨の自身執刀経験例4例を含め、計8例(NF2; 7例、重症髄膜炎後;1例)に行われたにすぎません。

聴覚再生再建手術で聴覚を創る・ABIの実際と治療実績

我々は1999-2006年の過去8年間に渡りこうしたNF2を中心とした6症例の患者に対し、auditory brainstem implantを用い聴覚再生再建手術を行ってきたのでその長期成績について簡単に触れます。

NF2に伴う両側聴神経腫瘍手術後の聴覚脱出患者5例と重症髄膜炎後両側聴覚脱出した1例の計6症例の方がこれまでに治療を受けになっておられます。平均年齢42.67歳、M: F=5: 1、NF2発症時の平均年齢は31.8歳でございました。1999-2001年の2症例は、cochlea 8-/21-channel ABIを2004年度以降はMed-El Combi-40を用いております。
聴覚脱出からABI placement間での期間は、平均71.3ヶ月(5.94年)であり,聴覚障害からの期間は比較的長い傾向があります。これまでの5症例で、18ヶ月以上のrehabilitationがなされた。2004年度の2症例で、ABIのみでの会話文内容の21%、31%の理解がそれぞれ可能となりました。ABI+LR(lip reading;読話)では、78, 85%までに回復致しました。2006年度の症例は,手術から約12カ月経過し、ABIのみでの会話文内容の理解; 7%、ABI+LRでは60%の理解が可能となっています。つまりABIを用いた聴覚再建手術の効果は、ABI hardwareの改良、手術戦略の熟成とともに確実に高まっていることがわかります。同時に、腫瘍切除とインプラントの時期の兼ね合いの問題、術中背側蝸牛神経核同定の個人差の問題、電極の一定期間後の移動の問題が明らかとなっています。

2007年7月17日現在、更に2名の方がABI治療をお受けになり、現在国内で8症例の治療が行われました。

7 定位放射線治療

定位放射線治療は,両側聴神経腫瘍/NF2においても治療選択肢の一つであります。NF2に伴う聴神経腫瘍に対するガンマナイフの長期治療成績については,Drスバクらの代表的な報告があります。NF2;40症例;45腫瘍に対しガンマナイフ治療が行われ,平均辺縁線量15グレイ,平均36カ月;3年のフォローアップにおいて,腫瘍制御率は98%,良好な顔面神経機能の温存率(ハウス&ブラックマンgrade1)が81%,有効聴力の保存率が43から62%であったと報告されています。ガンマナイフ後に手術治療を必要としたのは3症例(7%)であったとのことです。